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S先生へ捧ぐ。 [Pick up1999-2002]

追悼

また早く寝ろよ、と怒られそうだが、
夜更かしして書いている。

もう何年も観てくれているお客さんが亡くなった。
享年33歳。
障害児を受け持っている教師をやっていたから、
僕はS先生と呼んでいた。
公演のたびにしか言葉を交わさなかったが、
僕たちの間には信頼関係のようなものができていたと思う。
思う、というのは、もう確かめるすべがないからだ。

時には客観的に、時には主観的に意見をもらった。
僕から訊いたり、終演後に話してくれたり、様々であったけれど、
いつも参考になることを言ってくれた。

人はいつ死ぬかわからない。
だから僕は急いでいる。

よく誰かに言われる。

「どうしてそんなに生き急ぐの」と。

冗談交じりに訊く人もいれば、
半ば呆れて釘を刺されることもある。
あせっているわけじゃない。
あきらめているわけじゃない。
ただ、急いでいるのだ。

知人が亡くなるたびに思うのだ。
次は僕だ、と。
だから、それまで精一杯生きてみるよ、とひとりごちる。
そういいながら、70歳まで生きたっていいだろう。
70歳まで急げばいいだけのことだ。

そもそも、ふたつの人生を生きられないことが人間の不幸なのだろう。
たったひとつだから価値があることは、わかりきっているのだけど。

これまで何ひとつ後悔せずに生きてきた。
でも、今、死んだら後悔する。間違いなく。
後悔だけはしたくない。

格好悪いかもしれない。不器用かもしれない。
芝居があればいいと嘯いて、必ず大切なものを後回しにしてきた。
決まって一番大切なものを手放してしまうのだ。
それがどんなに間違ったことか、わかっていても。

悔いを残さないために、全部やる。
悔いを残さないために、急ぐ。
悔いを残さないために、失くさない。

がむしゃらにつかめ、つかんだら離すな。

そんなことは不可能だろうが、ベストは尽くすべきだろう。
そのためなら、ちょっとぐらい身体が壊れたってかまうものか。
死んでしまえば、健康体でも焼かれるのだ。
悔いを少なくするためであれば、いいではないか。
と、僕は思う。

S先生、こんな書き方しかできなくてごめんなさい。
あなたの分まで生きるなんてことは言わない。
僕は僕のベストを尽くすよ。

今日のお言葉

『傷つくのを恐れることは、実際に傷つくよりもつらいものだ』

by  パウロ・コエーリョ


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Still I'm fine. [Pick up1999-2002]


雨があがった。
ぐずついた空の、灰色と淡い桃色の雲の境目が美しかった。
写真にはうつらない色、残せない空。
今日の16時過ぎの雨上がりの空のことだ。

今朝からまったくといっていいほど、何も口にしていない。
ピクルスとレーズンバターロールをひとつ食べただけ。
あとは、コーヒーを十数杯、ココア一杯。
だが、これといってお腹が空くわけでもない。

自転車を走らせながら、友のことを考えていた。
最後に別れたのは、こんなぐずついた空のミナミだった。
僕の勇気が誇りだと笑った友のことだ。

ヘタレてへんか。
まかれてへんか。
いつまでも、やんちゃはできへんか。
叶わんかったら、叶わんでかまわへん。
ただヘタレんなよ。
それだけや。

But I feel still I'm fine

吉良さんが書いた歌を聴きながら、
公子さんが書いた詞を心のなかで反芻してみる。
このところ、毎日のように、Still I'm fineを聴いている。

12月、もうすぐ街はクリスマス気分。
じきにあちこちから、J・レノンとB・アダムスの声が聞こえてくるだろう。
ささやかな与えられた時間がいつまでも続けばいいのだけど、
切なくも、それは叶わぬ夢のまま現実には成りえない。
まあいい、浮かれた気分で池袋の街に飛びだして、
笑いものになっても、他の誰かが元気になれればいいではないか。

僕はささやかな幸せを握りしめ、12月を過ごそうと心に決めた。
そう、先のことなどわからないのだから。

生きることに意味なんてない、と以前に書いた。
誤解を恐れずに言うと、価値はない、と今も思っている。
価値に見いだすもの、
そんなものは資本主義の世界が作りだしてしまった幻想だと思う。
意味は自分でつけるものだ。
時間の価値、自分の価値、一生の価値。
ヒューマニズムにごまかされたくはない。
とはいえ、手を抜く術を知らないのだから、
そんな概念が僕にはちょうどいいのだ。

積極的に。
前向きに。
ひたむきに。

届かない思いが雪のように降り積もり、
たとえ道に溶けて流れたとしても、
巡りゆく日々のなかで感謝の気持がのこれば充分だ。

I feel still I'm fine
僕はヘタレてへんよ。

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nakamura@caramelbox.com

今日のお言葉

『私は闘うチャンピオンだ。誰の挑戦でも受ける』 

by アントニオ猪木

SIGNAL

SIGNAL

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: インディペンデントレーベル
  • 発売日: 2002/11/07
  • メディア: CD


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100の自分 [Pick up1999-2002]


There's no shorter way in this life.

真夜中にBRAHMANを聴いていると、
ふと、友部正人の古いレコードの歌詞が脳裏をよぎり、
彼が歌った限界を書き写す。
もっとも彼が歌にしたのは精神の限界であったのだが。

今の自分の実力が、1とする。
どうあがいたって、明日それが100になることはない。

が、明後日はどうだろう。
1年後はどうだろう、と想像してみる。

いつも時間に流されて、何年経っても100に達することはないのだけど、
2や3にはなってるかもしれない。

今日の1を笑われることはどうしようもありません。
それが等身大の自分であればいいじゃないですか。
誰だって、ずっと寝転がって過ごしてきたわけじゃないんだから。
反対に笑いとばして、恥をかけばいいんです。

1の自分を楽しむことによって、2や3に進化することもあるだろうしね。
少なくとも、100を目指さない限り、近づくことはないでしょう。

義務感にがんじがらめになるのではなく、
楽しむという姿勢や向上心が、いい方向に物事を運ぶと思うのです。
キャラメルボックスの製作には加藤の「楽しむぞ・楽しませるぞ」という精神がやどり、
劇作には成井の「楽しむぞ・楽しませるぞ」という信念が貫かれています。
その気配が劇場を支配するのです。

いつもロビースタッフに、「まずは自分が楽しむこと」と指示します。
それは、「楽しむ」ことによって、力が2倍にも3倍にもなるし、
楽しい感情というのは伝染しやすいからなのです。

敬愛する糸井氏が運営する「ほぼ日刊新聞」に、僕がいただいたメールへのお返事が、
たまたま書かれているような気がして、こんな内容になりました。
昨日の糸井氏の日記もよく似た内容です。

自分の足りない部分は、今日はあきらめる。
前向きに諦める。
ポジティブな諦念ってのもあるはずです。

そして、自分の限界を少しずつ広げていければ、
10年後には、違う風景が見えているかもしれません。

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今日のお言葉

『世界の秘密を知りたいと思いませんか』

by  HIROMIX

HIROMIX PARIS’97‐’98

HIROMIX PARIS’97‐’98

  • 作者: HIROMIX
  • 出版社/メーカー: 朝日出版社
  • 発売日: 2001/10
  • メディア: 大型本


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牛の背中 [Pick up1999-2002]


大阪の街を彷徨っていると、誰かに再会するのではないだろうかと、
半ば期待と畏れの入りまじったような状態で歩いています。
これまで誰ともばったり会ったことなどなく、会いたいと思う連中も、
僕が徘徊するような場所にいるはずもない。
ただ近くにいると思いたいのかもしれなくて、街のいたるところが目についた。
青い歩道橋やら、そこから目にする黄昏やら、車のクラクション、
OZOCのショーウインドウに跳ねかえる赤いライト、
待ち合わせた駅の改札や雨に濡れながら歩いた線路沿いが、
次から次へと視界に入ってくる。
少しさびしく、懐かしい。
足早な人々の流れが、いっそう僕を奇妙な気持にさせた。
大阪の街は、東京に比べて遙かに生活感がある。

速度が違うと見えないものがたくさんある。
この街に住んでいたころは「秘密の場所」を持っていた。

自分を取り戻せる場所。
呼吸できる場所。
消えてしまうことができる場所。

流れている時間の速度が違う「秘密の場所」を、人はそれぞれ持っている。
僕の一番お気に入りの「秘密の場所」は、神倉という山の中腹にある岩肌だ。
木々をかき分けて、山道をの登っていくと、
横20メートル、縦50メートルほどの拓けた場所にたどり着く。
眼下に拡がる太平洋と青い空。
地元の人は「牛の背中」と呼ぶ、
小さな町を一望できるその場所がとても気に入っていた。
山のうえだから、当然誰にもじゃまされない。
僕だけの場所だった。

中上健次の小説にこんな表現がある。

「自分の体の中に月の光にさらされて風に動く山の草むらのように、
ざわざわと音をたてるものがある。
あとひとつ強く風が吹けば、それは木々の梢という梢、葉という葉が
一斉にこすれ音をたてる山鳴りになる」

ぶわっーと上空を風が吹き抜けてゆき、
木々がこすれあう音はなんとも迫力がある。
僕はこの文章と出会う前から、この山に登っているからよくわかる。
中上も、子どものころ、この場所に来たことがあるはずだ。

ここで生まれた子どもたちは、潮に焼かれ、日に染まり、
南風に撫ぜられて大人になる。
物心つく前に、海で清められ、女人禁制の火祭りに参加し、山が女性だと体感する。
僕もそうやって十代を過ごした。

僕は町を捨てて、自分にとって、意味のある場所をなくした。
引き替えに、何かを得るときは何かを失うことを知った。
都会の人は、いったいどんな秘密の場所を持っているのだろうか。
ちゃんと生活している人たちは、必要ないのだろうか。
それとも、だから誰かと暮らすのだろうか。

もし仕事が全部片づいたら、年明けに日本を脱出しようと企てています。
海外の秘密の場所であるサクラメント。
それが実現できなければ、シルクドソレイユがやってるラスベガスに。
もしくは、スペインか(理由は秘密)。
ラスベガスが現実的かな、めっちゃ安いし……。

友達が海外へ行くという話を耳にすると、どうにも心が動かされるのです。
あ、気をつけて行ってきてくださいねー。

僕ひとりで行ってもいいんだけど、観劇ツアーになるなら、
誰かと一緒に行った方がおもしろいんですよね。
発砲の本田さんは公演前だし、G2の大西さんは稽古中だし、西川夫妻いかないかなあ。
持田でもいいけど二人じゃなあ…。
しかし!! とにもかくにも、仕事をやりとげることが大前提ですから。

さて、今日もがんばります!!!! 

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今日のお言葉

『僕はつねに死からの逆算で生きていこうと思います』

by  おちまさと

枯木灘

枯木灘

  • 作者: 中上 健次
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2000
  • メディア: 文庫


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散リユク雲ニ [Pick up1999-2002]

何もない。
何かを手に入れようと思った途端、
指の間からさらさらと零れおちてゆく。
淋しくもなく哀しくもない。
瞼を綴じて思いを馳せる。
空を見上げても誰もいない。
何も見えない。
どこへ行く。
行く先なんかどこでもいい。
移動し続けること。
ある点からある点へ移動すること。

夕焼けを背景に浮かぶシルエットの雲は手を伸ばせば届きそうだ。
車窓からすぐそこにある。
あまりにも低い位置を流れていく。
僕は今、
神戸に向かっている。

木枯らし吹く新しい季節。
世の中の誰よりも早く僕たちにクリスマスがやってくる。
朱い空。
シルエットの雲。
時速250キロで神戸に向かっている。

何もなくてもいい。
手に入らなくいてもいい。
見えなくてもいい。
行く先なんて決まるものか。

人は、
生きてることに意味をほしがる。
ただ生きてるだけ。
意味なんてありはしないのに。
鉄も麦も羊も同じ。
ただ流れてゆくだけだ。
それを理解していても、
動物のように死に場所をわきまえてるわけでもなく、
静物のようにずっと眺めているわけにいかないのが人間だ。

あと2ヶ月。
僕は一瞬たりとも手を抜かない。
全力を尽くす、
とここに誓う。

今日のお言葉

『私は毎日生まれているのだ』

by   パブロ・ピカソ


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久しぶりの手紙。 [Pick up1999-2002]

元気ですか?
その後、どうしていますか?

僕ですか、僕はこの2週間、何をしてたかな。
ほんと、忘れっぽくて困ってしまう。
怒濤の忙しさのなかに身を置きながら、流されることも楽しんでいたのかもしれない。
徹夜もやったし、人の言葉や気持を拾ったり書き留めたりした。
おかげで海の底にいたような気分は晴れて、前向きになれたよ。
おかしな話だけど、自分のスタイルを探したかったのかもね。

根っこを切り取らずに概念をかえるなんてなかなかできないことかもしれないけど、
次に行くために壊していかなきゃならないこともある。
そうしないと今と自分の歴史的な時間を推し量れなくなる。
ものを考える起点。指針というべきものかな。
あった方が迷わないから。

もっともっと活動的に、戦闘的に、官能的に生きてみるのも一興だろう。
できることならそうしたいね。
時間がなくても関係ない、まだ幸せになるには早すぎるんだ。

そうそうメキシコ映画の『アモーレス・ペロス』って見た?
ちょっと長尺なんだけど、しっかりしたストーリーテリングで撮影も演出も一流の映画だった。
闘犬として出てくる犬が次々と可哀想な死を遂げる。そこは辛くて見てらんない。
きっと人間も犬と同じようなもんだと描いてるだ。
無名の役者ばかりが出ている作品で面白いものこそホンモノだと思うよ。

自分のからっぽな部分を埋めるために「私」を適当な何かに依存し補填する、
なんてことはやめた方がいいな。

それは一見ピュアなものに感じるかもしれないけど、長くは続かないし、
最後は失望につながってる行き止まりなんだ。
言葉だけが現実から遊離して、虚構でも妄想でもリアリティに必要なものは、
ただの強さになってるのだろうか。
でも、間違いなく、僕らの生活をむしばんでるようにも思う。

そんなところに迷いこむなら、斎藤孝さんが編んでる骨太な懐かしい小説たちを
ボリボリかじりながら一睡もしないで過ごしたほうがずっと楽しいし血肉になる。
それにとても健全だ。

それから、森山大道の写真集を買った。
眺めてると強烈なコントラストが目に焼きつきそうになるんだ。
確かに、そこから見る光と影の街はモノクロームなのに原色で迫ってくる。
ブラッサイがヘンリー・ミラーについて書いたものは、一番興味をそそられたけど、
残念ながらすでに絶版だった。
でも調べてみるって、古本屋から返信がきたから来週には結果がわかると思う。

それがうまく手に入ったら感想をまた送るよ。


今日のお言葉

『僕にはもっと速く泳ぎたいという意志と欲望があるのです』

 by  イアン・ソープ
 
 
 

アモーレス・ペロス

アモーレス・ペロス

  • 出版社/メーカー: パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
  • 発売日: 2005/01/05
  • メディア: DVD


サン・ルゥへの手紙

サン・ルゥへの手紙

  • 作者: 森山 大道
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2005/01
  • メディア: 大型本


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風と光と音と。 [Pick up1999-2002]


光のない場所はどんな世界だろう。
音のない場所はどんな世界だろう。

目を閉じてみる。蝉時雨が大きくなる。
耳を手でふさいでみる。太陽がいっそうまぶしい。
目を閉じて耳をふざぐ。風を感じる。
風は誰もに平等に吹いているのだ、
そんな当たり前のことに今更気づく。
劇場まで、一番陽があたっている道を選んで汗を流しながら歩く。
風が心地よい。

人は無意識に言葉を交わすときに手を使っている。
手話を言語とする人たちは、自然と手に目がいくのだろう。
僕は生まれて初めて、人を見る時に手から見ている。

人は、忘れっぽいのだな。
毎日のなかで、じっとあたりを眺め、周囲の音に耳を傾けて、
しかも鋭敏に感じ続けることは楽なことではない。
苦しさを伴うことを人は避けてしまうから、
見のがしてしまうこともあるのだろう。
楽に生きられるようになった分、見失ったものがあるということか。
他人の深い悲しみを察し、迂闊に言葉にして相手を傷つけないことは案外難しい。
本当の強い優しさとは、想像力という思いやりのことだと思う。

声を嗄らす役者やユーリを見ると、自分の声を捧げたくなる。
僕よりも声を必要としているように感じるからだ。
そして自分を見つめなおす。
僕はいったい何を必要としているのだろう。
実は表現したいものなど何もないのではないか。

答はひとつじゃない。
ひとつであればどれだけ助かるかわからないのに。

暑い神戸でそんなジレンマに苛まれてます。
でもね、充実していますよ。
やっぱり公演がはじまると身体中に広がっていく気持が違います。
気合いが充満しています。
早く東京のみんなにも分けてあげたいなぁ。

今日のお言葉

『本当は表現したいという衝動だけがあるのであって、
表現したいものなど、実は何一つないのである』

 by  末井 昭
 


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僕は、要らない。 [Pick up1999-2002]

答は要らない。教えは要らない。
そんなもの道ばたに転がっているワケがない。

何かを吸収しようと貪欲にむさぼり求めていた時期がある。
ハングリーであることは今も変わりない。アングリーであることも変わりない。
僕は未だに生きることに飢えて、怒っている。
が、かつてのように絶望はしていない。
かつてとは、もうずいぶん前の子供の頃のことだ。
学校や家の屋根に登っては空ばかり見ていた。
僕の部屋には天窓がついていてベッドに横たわると空が視界にはいった。
昼間は青空が、夜には電気を消すと星空が見えた。
小さな四角い天窓で、区切られた空と勝手に呼んでいた。

なんてことのない日常の心の透き間に、すっと入ってくる言葉や風景がある。
もう二度と思いだしたりしないと思っていたのに、
キーワードや似たような景色がスイッチとなって記憶を遡る。
デジャヴュと似た感覚というのだろうか、遠く離れた世界に急激に引き戻される感じなのだ。
それは確かに自分が経験してきたことなのに、夢でも見ているように第三者の僕が
昔の自分を眺めている映像として蘇る。

僕の手を引いている母がいる。僕の傍らには妹がいる。
僕は二人を交互に見ているはずなのに、思い出すのは3人で不安げに歩いている様子と
母の横顔ばかり。

ゆっくり旋回するトンビの腹を寝転がってみている僕。
起きあがると校庭で級友がドッジボールをしている風景が見える。
自分を含めた俯瞰でそれらの映像が流れてゆく。

あんなに好きだった人たちのことも普段はいっさい思いださない。
僕はきっと薄情なのだろう。
忙しいから思いださないのか、それとも快適に暮らしているからそうなのか、
そのあたりはさっぱりわからない。
人は忘れないと生きていけない、というのならよく理解できるのだけど。
何かの瞬間に記憶のスイッチがオンになる。

偶然と必然のねじれて絡んだ形で存在するそれは、僕なりの既視感だ。
今となってはどれが真実で現実であったのかもよくわからない。
間違いなく自分が通ってきた道だが、できることならさけて通りたい道なのだ。
遠回りすることや道草は、時にとても大切だけど、
悔しさや悲しみに慣れることはない。辛抱強くはなるけどさ。
僕は忘れっぽいから、次から次へと記憶を葬ってしまう。
でも記憶は死なない。
古代の地層のように幾層にも重なっていき、マグマが吹きだした瞬間に
入り乱れて地表に顔をだすのだ。
自分の意志ではない何かに突き動かされて、制御できない記憶に襲われる。
それは静かな夜だけでなく、ふとした瞬間に、不意に訪れるのだ。

僕は決して振り返らない。
一瞬、一瞬が降り積もって、1日になり、人生の形になっていくのならば、
僕は今の一瞬を大切に信じたい。
これからも続いていく人生の果てしなさと、愛おしい過去が
人を明るく、そして、優しくさせるのだ。

記憶に残る強烈な瞬間を持っている人は幸せなのだろう。
それがどんな内容にしても。

元気ですか。
君はどうだかわからないけど、僕は今日も元気だよ。

今日のお言葉

『「恋愛がすべてではないわよね」
「すべてでは、ないだろうね」』

 by  江國香織
 
 


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夕日のような朝日をつれて。 [Pick up1999-2002]


締切が迫った原稿を打つのをやめ、ふと視線を上げると
窓の外に移ろいでゆく空が見えました。
映画のように見事な夕暮れです。

夕日のような朝日をつれて……。

と、不意に、言葉を入れ替えたセリフが口をついて出て、
鴻上さんの直筆でパンフレットに挟み込まれる口上を思い出していました。

空はまだ明るいけれどプラットホームには照明が灯されて、
入線する電車の窓に真っ赤な夕日が照り映える。
まばゆいけど、その情景からしばらく目を離すことができませんでした。
ホームを行き交う人々。
あんなにたくさんの人々が家に帰ってゆく。
夕飯の仕度をすませた家族が待っている人、独りでお酒を飲んで帰途につく人。
それぞれでしょうが、確かなのは一人ひとりに暮らしが存在するということ。
もう少しでとっぷりと日が暮れて夜が訪れる。
やがて家々に明かりが灯る。
その途方もない明かりの数だけ生活があるかと思うと目眩がする。
一生すれ違うことさえない人たちがほとんどでしょう。

僕が過ごしているこの時間、これまで出逢った人たちはそれぞれ何をしているのだろう。
安らかに健康で暮らしてますように、と幸せを願う。なんて、キレイすぎでしょうか。
みな、幸せでありますように。

「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」

確かに賢治の云う「幸福」は宗教的な教義から読みとると、
より本来の意味が鮮明に浮かびあがってきます。
『ブリザード・ミュージック』が逞しい力を持っているのは、
普遍的だが慈愛ではないからです。
世界の部分部分の幸せを集めた総和は、全体よりも少しだけ大きいはず。
だから、僕は偽りないその力を信じることができる。

今日のお言葉

『はっきりさせなくてもいい 
あやふやのまんまでいい
僕たちはなんとなく幸せになるんだ

何年経ってもいい 
遠く離れてもいい
ひとりぼっちじゃない

夕暮れが僕のドアをノックする頃に
あなたを「ギュッ」と抱きたくなってる

夕焼け空は赤い
炎のように赤い
この星の半分を真っ赤に染めた

それよりももっと赤い血が
体中を流れてるんだ』

  by  甲本ヒロト「夕暮れ」


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ゼロ。 [Pick up1999-2002]


ゼロからの出発。
さて、どこに向かおう。
汽車に乗るか、船でゆくか、飛行機で飛ぶか。

しかし、どこに行くか決めてしまったら、ワクワクした気分が幾分落ち着いてしまう。
それは無限の自由を失ってしまった悲しみから生じるものなんだろう。
チョイと思いたって、気軽にふらっと出かけるのは気分がいいに違いなくて、
ああだこうだと机の前で無為に過ごす時間もまた、至福の時。

暖房をすべてオフにして熱い紅茶をすすっている。
今夜の冷えこみは相当なもので、紅茶もあっという間にぬるくなってしまうし、
二度目に口をつける時には冷たくなっている。
さほど大きなノイズじゃないけど耳障りなヒーターの音をがまんするか、
寒さに身を震わせるかという選択で僕は後者をとったワケだ。
寒いなぁ、今夜は。

もしも、明日から自由に暮らせるならばなにをするだろう。
仕事も親も恋人も縛るものはなにもない。
そう想定すると、やるべきことがはっきりと見えてくるかもしれない。
だけど、この自由と旅立つ前のものとを比較することは簡単なようで難しい。

なんにもいらない、では必要なものはなんだろう。
選択する自由、選択しなかった自由。
あり得たかもしれない人生を夢想しながら、やっぱり寒くて、ベッドの中で布団にくるまる。
ヒザを抱えて丸くなって、おそらくこのまま眠りにつくのだろう。

が、まだまだまだまだ、どう今を過ごすかに手一杯で、
夢現でもなければ、ふたつの思いを共存させることはできそうにない。

知らない異国を散策する畏れと昂ぶりにも似た感覚。
どの地に降り立とうとも、それらを確かめ、眺めることによって、
はじめて旅を実感することになるだろう、なんてぼんやりと思っている。

そして、そこは、まぎれもなく「いつか自分が来ることになっていた」と
心の底から思えるたったひとつの場所なのだ。

さぁ、どこに向かおうか。

今日のお言葉

『何にもいらない あなたに触れたい』  by  矢井田瞳


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